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朝霞地区医師会の紹介
公益法人としての情報開示 一部市議会議員が医師会の会計につきクレームをつけていますが、根拠の乏しいクレームで、決算に監査がされていないなどの不当な主張をされています。医師会は社団法人として公益会計基準に基づき運営されており、決算についても監事が監査を行い、決算書等も医師会総会で承認を受けた上で、法務局で登記しております。また別途積立金についても過大ではないかとの指摘を受けているところですが、この別途積立金は近い将来に医師会館を設立し、地域住民の災害医療対策の拠点とすべく積み立てているものです。 朝霞地区とは 朝霞地区とは埼玉県南部荒川右岸の新座市、朝霞市、志木市、和光市の四市をさして言います。この四市はほぼ似た規模の市であり、昭和42年から45年にかけてほぼ同時期に町から市に昇格しています。行政の方では四市の合併が検討されていますが、医師会は北足立郡医師会から独立して以来、四市合同で運営されています。 朝霞地区医師会の歴史 明治のいつ頃か不明ですが埼玉県医師会北足立郡支部会として運営されていたようですが、明治39年の医師法成立を受けて翌明治40年に北足立郡医師会が発足したのが始まりのようです。浦和、大宮、川口なども含まれていた広域の医師会だったようです。当地区は志木区と称されていたとの事です。第二次世界大戦さなかの昭和17年日本医療団令公布に基づき医師会制度はいったん廃止されました。 戦後、昭和23年4月になり新制の北足立郡医師会が発足しています。朝霞地区医師会は北足立郡医師会の朝霞支部として活動していましたが、昭和37年に会則を制定しています。当地区医師会会員数は急激に増加傾向を示し、昭和41年に当地区医師会の社団法人化と准看護婦学校設立が決議され、翌昭和42年に社団法人としての認可を受けました。昭和46年には当地区は北足立郡医師会より独立し、現在に至っています。 朝霞地区医師会夜間診療所 昭和47年に特筆すべき出来事として夜間診療所を設立しました。この夜間診療所は全国に先駆けて設立運営されたもので、現在でも全国各地でこの朝霞方式で夜間診療所が運営されています。本家本元の朝霞地区医師会夜間診療所は、地域に24時間体制で運営される病院がいくつか誕生したため、その存在意義が薄れてきました。19年と6ヶ月の間、市民の安全、健康に多大な貢献を果たしましたが、平成3年9月に廃止されました。 朝霞地区医師会 小児救急医療支援事業 平成19年、日本全土を襲った医療崩壊の影響が当地にももたらされました。従前、朝霞地区5病院により夜間小児救急外来が輪番で維持されてきたのですが、小児科医不足の影響を直接受けて輪番を維持できなくなりました。その状態の報告を受け、医師会では急遽「朝霞地区夜間小児科救急を考える開業医の会」を結成し、対策を検討いたしました。そして志木市民病院において準夜帯に開業医が当番で支援に当たることになりました。平成20年4月1日からこの事業はスタートし順調に稼動しております。 看護職員の養成 准看護婦学校は昭和42年に設立され平成9年には設立30周年を迎える事ができました。この間に916人の優秀な看護婦を養成し、准看護婦として地域医療に活躍しています。しかし高齢化社会を目前とし、更に多数の看護職員の養成が急務となってきました。従来当地区内には国立埼玉病院付属高等看護学院しかなく、正看護婦の養成施設の新設が望まれました。朝霞地区四市の行政サイドでも看護職員の養成に異論のあろうはずもなく、朝霞地区一部事務組合の所有地に朝霞地区看護専門学校の建設が認められました。各方面の御協力により本年平成9年度に開校し、現在44名の一期生が勉学に励んでいます。 医師会内部組織 医師会内部には、総務会、学術委員会、地域医療委員会、学校医委員会、産業医委員会、広報委員会、保険委員会、福祉厚生委員会、労災医委員会、ガン検診委員会、看護専門学校運営委員会、准看護婦学校運営委員会の委員会、並びに各市に支部会が置かれて活動をしています。各委員会の活動についてもご覧下さい。
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